当社の考え
2025/11/18
宇宙ごみが突きつける「もう一つの環境問題」─地球の外でも問われる責任
当社のPurposeは「わたしたちは、未来のために「大気」と「土」を守る」です。100年後の人類が同じ失敗を犯さないようにと、人類の未来を育む地球の環境を守るために創業しました。しかし、空を見上げたその先、地球の外側にも、もうひとつの環境問題が静かに進行しています。それが「宇宙ごみ(スペースデブリ)」の問題です。スペースデブリとは、地球の周囲を回り続ける“使われなくなった人工物”のことです。役目を終えた人工衛星やロケットの上段、爆発で飛び散った破片、さらにはボルトやペンキ片のような微小なものまで含まれます。これらは宇宙空間に浮かぶ“ゴミ”であるにもかかわらず、秒速7〜8km、時速にして約28,000kmという超高速で飛び回っています。わずか1センチの破片でも、現役の衛星や宇宙船に致命的な損傷を与えることがあり、まさに「宇宙空間の公害」と呼ぶにふさわしい現象です。
急増するデブリ──宇宙は“満員電車”のように
現在、10センチ以上のデブリは約36,000個、1〜10センチのものは100万個、1ミリ〜1センチ未満の微小なものにいたっては1億個以上存在すると推定されています。これらの多くは、高度200〜2000kmの「低軌道(LEO)」を周回しており、特に800〜1000km付近には通信衛星や地球観測衛星、軍事衛星などが密集しています。この状況をたとえるなら、軌道上は“見えない満員電車”のようなものです。かつては数百基だった衛星が、今では数千基、やがて数万基へと膨れ上がろうとしています。その背景にあるのが、米国SpaceX社による「スターリンク」をはじめとする通信衛星群の急増です。小型衛星の大量打ち上げは、インターネット通信の革新をもたらす一方で、軌道上の「交通量」を爆発的に増加させています。2030年代には、全世界で数万基の衛星が同時に運用されると予測されており、宇宙はすでに“飽和状態”に近づいています。
連鎖する危険──ケスラー・シンドロームの恐怖
宇宙ごみが恐ろしいのは、単に存在するだけでなく、衝突によって新たな破片を生み出す点にあります。NASAの科学者ドナルド・ケスラーが1978年に提唱した「ケスラー・シンドローム」は、一度の衝突が次の衝突を呼び、連鎖的に破片が増えていく“宇宙のドミノ倒し”です。この理論は、すでに現実のものとなりつつあります。2009年には、運用中の米国イリジウム通信衛星とロシアの軍事衛星が衝突し、約2,000個の破片を発生させました。また2021年には、ロシアが老朽衛星をミサイルで破壊する実験を行い、1,500個以上のデブリが発生。このとき、国際宇宙ステーション(ISS)は一時的に避難行動を取らざるを得ませんでした。宇宙飛行士たちは、宇宙服を着たまま船内で待機し、いつ衝突してもおかしくない緊張状態に置かれたのです。ISSでは、年間数回もの頻度で「衝突回避マヌーバ」と呼ばれる軌道変更を行っています。わずかな破片との接触でも致命的になりうる宇宙では、数センチのデブリさえ“弾丸”と同じ危険をもつのです。
「片づけられない文明」という矛盾
宇宙ごみの増加は、技術の進歩そのものが生み出した“副作用”です。衛星やロケットを打ち上げる技術が飛躍的に向上する一方で、使い終えたものを回収・除去する技術はほとんど追いついていません。つまり私たちは、「作る力」は持ちながら「片づける力」を持たないまま、宇宙に進出してしまったのです。この問題は、技術だけでなく法や倫理にも及びます。国際法の上では、「誰がそのゴミを処理するのか」「事故が起きた場合、どの国が責任を負うのか」が明確に定義されていません。例えば、衛星がロシアで製造され、アメリカの企業が打ち上げ、日本の企業が運用する――こうした複雑な国際協働の中で、責任の所在を特定することは容易ではありません。しかも、デブリ除去には莫大な費用がかかります。一つの衛星を安全に除去するのに数億円単位のコストが必要であり、商業的な採算を取るのは困難です。その結果、問題は先送りされ、「誰かがいつかやるだろう」という空気の中で、軌道上のゴミは増え続けています。
世界の挑戦──“宇宙清掃”という新しい産業
とはいえ、各国の宇宙機関や企業も、すでに解決への挑戦を始めています。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、レーザー観測や追跡システムを強化し、デブリ除去の実証衛星「KIRAMEKI」や「ELSA-d」を打ち上げました。特に「ELSA-d」は、磁力やアームを使ってデブリを捕獲する世界初の試みであり、実用化に向けて注目されています。また、東京に本社を置く民間企業「アストロスケール」は、世界初のデブリ除去専業ベンチャーとして、“宇宙清掃業”という新しい産業モデルを切り開いています。欧州宇宙機関(ESA)も2026年に「CLEARSPACE-1」を打ち上げ、初の本格的除去衛星として世界的期待を集めています。こうした動きは単なる技術開発にとどまらず、「宇宙利用の持続可能性」という新しい視点を社会に提示しました。つまり、宇宙ごみ対策は地球上の環境問題と同様に、“次世代に残す責任”をめぐる倫理の問題でもあるのです。
宇宙と地球をつなぐ視点──“循環”を取り戻すために
宇宙の環境問題を考えるとき、私たちはどこか他人事のように感じがちです。しかし、これは決して遠い世界の話ではありません。通信、気象、GPS、放送、そして防災。私たちの日常生活はすでに宇宙のインフラに依存しており、軌道上の混乱はそのまま地上の混乱に直結します。この意味で、宇宙ごみ問題は「地球外の公害」であると同時に、「地球社会の鏡」でもあります。地上での環境破壊を放置してきたように、私たちは宇宙でも“使い捨て”の思想を持ち込んでしまった。それを改め、循環の原理を宇宙にも取り戻すことが、次の文明の条件となるのです。宇宙ごみの除去には時間も費用もかかりますが、一度汚した宇宙を再生するには「技術」よりもまず「意思」が必要です。誰が責任を持つのか、どのようなルールを設けるのか。その議論を国際的に進め、宇宙を共有財産として守る姿勢が求められます。
宇宙の静寂を守るために
宇宙は、人類が最後に残された“共有の環境”です。その静寂と美しさを損なうことなく利用し続けるためには、技術だけでなく、倫理と想像力が必要です。宇宙ごみを減らすという行為は、単に軌道をきれいにすることではなく、「人類が文明をどう運営するか」という問いに対する答えの一つなのです。宇宙の片づけは、地球を映す鏡です。使い捨てではなく、再生する社会へ。リニア(直線的)な開発から、サーキュラー(循環的)な宇宙利用へ。その転換を果たしたとき、人類は初めて“持続可能な宇宙時代”に足を踏み入れることになるでしょう。




