当社の考え
2025/11/18
グラスウール・ロックウールは“最適解”なのか―建築素材の「常識」を再考する時が来た
住宅や学校、病院、オフィスビル、音楽ホール。建築の用途や規模にかかわらず、断熱や吸音のために用いられてきた代表的な素材が、グラスウールやロックウールです。これらは建築業界における“定番材”として長く信頼されてきました。流通量が多く、価格も安定しており、施工経験も豊富。設計者が「まずはグラスウールで検討しよう」と自然に口にするほど、その地位は確立されています。しかし、どんなに“常識”とされてきた技術や素材にも、時代の変化とともに見直すべき時期があります。いま、グラスウールやロックウールがまさにその岐路に立っているのではないでしょうか。
優れた性能とその裏側にある現実
グラスウールは、廃ガラスや天然砂を高温で溶かし、細い繊維状に加工した素材です。無数の空気層を含む構造が、熱や音の伝達を抑える役割を果たします。軽量で加工がしやすく、価格も手頃であるため、長年にわたり住宅や公共建築に多く採用されてきました。ロックウールは、玄武岩などの天然鉱石を同じく高温で溶かして繊維化したものです。グラスウールよりも密度が高く、防音性や耐火性に優れ、高層建築や工場などの防火・防音用途にも重宝されています。これらの素材は、不燃性、断熱性、吸音性、供給の安定性、施工のしやすさという面で、長年「合理的な選択肢」とされてきました。しかし、すべての面で理想的と言えるでしょうか。答えは、残念ながら「否」です。性能の裏には、これまで見過ごされてきた環境的・社会的コストが潜んでいます。
施工現場に残る健康リスク
最初に考えたいのは、施工時の安全性です。グラスウールやロックウールは微細な無機繊維で構成されており、取り扱い中に細かな繊維が空気中に舞います。この粉塵は皮膚を刺激し、かゆみや湿疹を引き起こすことがあります。また、吸い込んだ場合には呼吸器への影響も指摘されており、マスクや防護服の着用が推奨されます。つまり、長年の経験で慣れてしまっている施工者ほど、実は健康リスクを抱えている可能性があるのです。人の手で使われる素材である以上、「安全に扱えること」もまた、重要な品質の一部であるはずです。
リサイクルされない断熱材
次に課題となるのが、廃材処理です。グラスウールやロックウールは、リサイクルが非常に難しい素材です。施工時に出る端材や、建物の解体で発生する残材の多くは、産業廃棄物として埋め立て処分されています。焼却も困難であり、廃棄のたびに環境への負荷を伴います。建設廃材の中でも、これらの断熱・吸音材は「再資源化が進まない分野」として知られています。つまり、製造段階から廃棄に至るまで、一方向の「リニア経済」の中に取り残された素材なのです。
環境負荷という新たな尺度
もう一つの課題は、製造段階での環境負荷です。グラスウールは再利用ガラスを原料としていますが、製造には1,000度を超える高温が必要で、エネルギー消費量もCO₂排出量も決して小さくありません。ロックウールも同様に、高温溶融の工程が必要で、結果的に大量のエネルギーを消費します。これまでの建築では、こうした“見えない排出”はあまり重視されてきませんでした。しかし今、世界が脱炭素社会へ向かうなかで、「素材がどんなプロセスで作られているか」が問われる時代に入っています。製造時のCO₂排出量が少なく、リサイクルや再生利用が容易な素材であること。それが、これからの建築業界における新しい基準になるのです。
新しい素材への模索
このような背景の中で、グラスウールやロックウールに代わる次世代素材への関心が高まっています。たとえば、再生紙を利用したセルロースファイバー、木質繊維を用いたウッドファイバー、綿やコットンをベースにした断熱材など、自然素材や廃棄資源を再利用する「バイオベース断熱材」が登場しています。これらの素材は、製造時のCO₂排出が少なく、廃棄時にも環境への負荷が小さいのが特徴です。また、化学的な刺激が少ないため、施工時の安全性にも優れています。 さらに、素材そのものが「循環経済」を体現しており、リユース・リサイクルの流れに組み込みやすい。この潮流の中で注目を集めているのが、再生繊維フェルトです。使用済み衣料や工場端材を粉砕・再加工してフェルト状にした素材で、断熱性と吸音性を兼ね備えながら、廃棄繊維の再資源化を実現します。当社のRebornfiber®もその代表格であり、サーキュラーエコノミーを象徴する素材として評価が高まっています。
“挑戦の余地”が次の価値を生む
もちろん、代替素材にも課題はあります。耐久性、不燃性の認証、供給体制の整備、コスト、施工ノウハウの蓄積――。これらは容易にクリアできるものではありません。しかし、課題があるということは、挑戦の余地があるということでもあります。産業の成熟とは、効率化だけでなく、新しい課題に挑むことで進化していくものです。かつてグラスウールやロックウールが革新的だったように、次の時代の建築文化を支える素材も、今まさに社会の中で育ち始めているのです。
建築素材の「社会的責任」
これまでの建材選定では、「性能・価格・安全性」が主要な判断基準でした。しかし今後は、「環境配慮」「資源循環」「施工者や居住者へのやさしさ」といった社会的要素が加わります。建築は単なる技術ではなく、社会そのものの表現です。素材の選択一つにも、私たちの価値観が反映されます。「この素材を使うことで、社会にどんな影響を与えるのか」。その問いを真剣に考えることが、建築の新しい責任になるでしょう。“当たり前の選択”に安住するのではなく、社会の変化に応じて素材を再定義すること。それが、未来を見据えた建築のあり方です。
常識を更新する勇気を
グラスウールやロックウールが築いてきた信頼と功績は、決して否定されるべきではありません。しかし、そこに安住してはいけません。今こそ、素材を“機能”だけでなく、“社会への関わり方”という視点から見つめ直すべき時です。地球環境の限界が見え始め、資源の循環が求められる時代において、「最適解」とは固定されたものではなく、時代とともに更新されるものです。従来材の良さを認めつつ、代替素材への挑戦を続けること。それが、持続可能な建築文化を育て、次世代へつなぐ道なのです。そして、私たちが選ぶ一枚の断熱材、一つの素材が、社会全体の方向を変えることもある。その可能性を信じ、勇気を持って常識を問い直すこと―。そこから、真のサステナブル建築の未来が始まるのです。




