当社の考え
2025/11/06
日経平均5万円への上昇と取り残された市場─スタンダード市場の乖離を考える
2025年10月、日経平均株価は実に5,000円を超える上昇を見せました。9月末の終値は約44,200円台、そして10月21日時点では49,300円台まで上昇。わずか3週間あまりで約11〜12%の上昇を記録し、まさに異例の強さを示しています。これほどの急騰は、国内外の市場関係者にとっても驚きをもって受け止められました。背景にあるのは複数の構造要因です。
●政治イベントが明確な「起爆剤」となったこと
●円安進行による輸出企業への追い風
●海外投資家による日本株への資金回帰
●AI・半導体関連株を中心とする世界的な再評価
これらが複合的に作用し、投資マネーが大型株に一気に集中した結果といえるでしょう。しかし、この強さの裏側には、もうひとつの顔があります。それは、「一部の銘柄だけが上昇し、市場全体が上がっているわけではない」という現実です。
一極集中の相場構造
10月の上昇相場を詳しく見ると、実際に上昇を牽引したのは東証プライム市場のごく一部の大型株です。東エレクトロン、ソフトバンクグループ、トヨタ自動車、レーザーテックといった企業が指数を押し上げました。一方、東証スタンダード市場はどうでしょうか。東証スタンダード市場は、10月1日時点から21日時点までの上昇率がわずか+1〜2%前後にとどまっています。同期間の日経平均が+11〜12%上昇していることを考えると、その差は実に10倍以上。同じ日本の株式市場でありながら、二極化が極めて鮮明になっています。スタンダード市場の時価総額加重平均で見ると、商社、地銀、小売、機械といった地方中堅株は軒並み横ばいか小幅反落。つまり「スタンダード市場は置いてけぼり」というのが実態です。この構図は単なる一時的な現象ではなく、日本の資本市場全体が抱える構造的な問題を示しているように思います。
なぜスタンダードは動かないのか
スタンダード市場の株価が動かない理由として、主に三つの要因が考えられます。 第一に、海外投資家マネーが入っていないことです。スタンダード市場の銘柄は、流動性が低く、売買代金も限られています。海外勢にとっては、大口の資金を投じるには市場規模が小さすぎるという事情があります。
第二に、政策相場の恩恵を受けにくい構造があります。今回の上昇は、「高市政権への期待」「財政出動」「円安」「半導体需要拡大」といったマクロ要因によるものです。これらは輸出・ハイテク・金融といったプライム上位銘柄には追い風となりますが、スタンダード市場の多くを占める地方内需型企業にとっては逆風です。人件費の高騰や円安によるコスト増、物流費の上昇などが重くのしかかっています。
第三に、投資家層の分断です。プライム市場は機関投資家やアルゴリズム取引が中心であるのに対し、スタンダード市場は個人投資家中心。大型株にはグローバル資金が流れ込み、地方株は個人の資金に頼る構造となっています。市場全体の「お金の流れ」が偏る中で、スタンダード市場は資金循環の輪から外れつつあるのです。
「動かない株」に共通する課題
では、なぜスタンダード銘柄の多くは相場のトレンドに乗れないのでしょうか。表面的には「出来高が少ない」「流動性が低い」といった指摘で片付けられがちですが、その背景には企業側の課題もあります。
IR(投資家向け情報)の発信内容が曖昧で、成長ストーリーが十分に伝わっていない
株価の動きや出来高に明確なトレンドが見られず、「資金が入っている」という証拠が乏しい
IR(投資家向け情報)の発信内容が曖昧で、成長ストーリーが十分に伝わっていない
市場全体のテーマや話題性との接点が弱く、注目度が上がらない
バリュエーション(企業価値評価)と実際の成長力・実行力に乖離がある
このように、株価が動かない企業の多くは「外部に伝わっていない」「伝える力が弱い」という共通点を持っています。市場は情報で動きます。情報がなければ投資家は判断できず、資金も流れません。
投資家に伝える「言葉」と「物語」
スタンダード市場に上場する企業にとって、今こそ重要なのは「語る力」です。自社の事業をどのように理解してもらうか、どんな未来を描いているのかを、言葉と数字で明確に示す必要があります。たとえば、事業計画においては、売上・利益の目標だけでなく、その背景となる市場環境や戦略の筋道を丁寧に説明する。IR資料においても、単なる業績報告にとどまらず、「なぜその方向に進むのか」「どのように社会価値と経済価値を両立するのか」を語ることが大切です。また、個人投資家への発信も軽視できません。スタンダード市場では、ファン株主を増やすことが最も有効な資本政策です。地元や取引先を巻き込んだ説明会、オンラインIRの活用、SNSでの対話など、顔の見えるコミュニケーションを積み重ねることが、信頼を育てる第一歩となります。
成長ストーリーの「構造化」
株価を動かすのは「利益」だけではありません。「業績が上がれば、株価は上がる」と考えている経営者は少なくはありませんが、株式市場に対して素人もいいところです。投資家は現状を評価として投資するのではなく、未来に期待を寄せて投資するのです。投資家が未来に期待を寄せるのは、「この企業はどこへ向かうのか」というストーリーです。そしてそのストーリーが、数字・戦略・ビジョンの三位一体で語られているかどうかが鍵を握ります。企業は自らを「事業の物語」として再構成する必要があります。製品やサービスの背景にある理念、社会課題との関係、顧客への提供価値――そうした“文脈”を伝える努力が、株価を押し上げる力になります。単なる「安い株」から「投資したい企業」へ。その転換を生み出すのは、経営陣の発信力と透明性です。
スタンダード市場にこそ、未来の種がある
いま、日本市場は「大型株依存」の構造に傾いています。しかし、日本の産業の多様性や地方経済の厚みを支えているのは、間違いなくスタンダード市場の企業群です。ここに眠る潜在力をどう引き出すか――それこそが、次の日本経済の成長エンジンとなるはずです。そのためには、企業が自らの強みと弱みを正面から見つめ、丁寧に市場と対話することが求められます。「説明責任」という言葉はネガティブに聞こえるかもしれませんが、実際は「共感責任」です。投資家に理解され、共感され、応援される存在になることこそ、スタンダード企業の真価を発揮する道だと思います。
「伝える力」が未来を動かす
今回の急騰相場は、一部の企業が市場全体を押し上げるという歪な構図を浮き彫りにしました。けれども、見方を変えれば、これは「伝える力」を持った企業とそうでない企業の差でもあります。相場に乗れないことを悲観するよりも、自らの存在をどう伝えるか、どんな未来を描くかを問い直す。その努力の積み重ねが、やがて市場に評価される時代が来ると信じています。スタンダード市場の企業こそ、地に足をつけた実業の力を持っています。その力を、数字と物語で誠実に伝えていく――そこに、これからの日本市場の希望があると私は感じています。




