当社の考え
2025/10/10
人材の流動化と働き方の多様化 ─ 日本社会と企業に求められる対応
最近、30代の方、40代の方の面接をすると、日本の労働市場は大きな変化に直面していると感じます。30代や40代で職務経歴が7〜8社に及ぶことも珍しくなくなり、またその職務を見れば異なる業界や職種を経験してきた人が多数を占めています。従来、日本社会では、一社に長く勤め上げることが「忠誠心」や「辛抱強さ」の証とされ、それが昇進や信頼につながる価値観でした。しかし、今や転職を繰り返すこと自体が一般的になり、むしろ当たり前のキャリア形成の一形態となっています。この背景には、社会の急速な変化があると思います。技術革新や産業構造の変動、グローバル経済の中での競争激化、そして働き手の価値観の多様化が重なり、従来の「終身雇用」や「年功序列」といった枠組みが崩壊しつつあるのです。人材の流動化は単なる「忍耐不足」の表れではなく、社会が流動的に変化している証でもあると思います。
企業の視点から見た課題
企業側からすると、この流動化は深刻な問題です。新卒を苦労して採用しても、数カ月で退職されることも珍しくありません。「石の上にも三年」という価値観は通じず、働き手は「自分のキャリアや生活のペース」を優先して動きます。ここで重要なのは、求人と求職の非対称性です。企業は「給与・スキル・人柄」で採用基準を設定しますが、応募者が会社を選ぶ基準は「待遇・業務内容・社風・職場環境」です。似ているようで非なる条件設定のずれが、ミスマッチを生み、早期離職につながっています。また、企業は人材評価において「一貫性」や「熟練度」を重視しがちです。異なる業界を渡り歩いた人材は「落ち着きがない」と見なされやすく、即戦力とみなされにくい。しかし実際には、複数の業界や職種を経験したことで培った幅広い視野や柔軟性、適応力といった「スキル」が存在しています。それを正しく評価できずに切り捨ててしまうのは、企業にとって大きな損失ではないかと感じました。
働き方の多様化がもたらす価値観の変化
人材の流動化と並行して、働き方も大きく変わっています。タイム・イズ・マネーという意識が広まり、タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)が就業選択の基準となりつつあります。仕事においても「効率的で自由度の高い働き方」が求められ、リモートワーク、副業、フリーランスなど、従来の正社員中心のモデルでは測れない働き方が拡大しています。特に若年層は、「会社に合わせる」のではなく「会社が自分に合うか」を重視しています。キャリアの初期段階で複数社を経験することは、むしろ「自己最適化のプロセス」と捉えられており、一つの企業で長く働くことが必ずしも望ましいとされなくなっています。この変化を理解せずに「最近の若者は辛抱が足りない」と切り捨てるのは、時代の変化に背を向けることと同義です。
日本特有の「スキル」観の課題
もうひとつの大きな問題は、日本社会に根強い「スキル」と「技能」の混同です。日本ではスキルという言葉が「特定の作業をこなす技術」と狭義に理解されることが多く、業務に直結する限定的な力ばかりが評価されます。しかし、本来の「スキル」とは、問題解決力、コミュニケーション能力、リーダーシップ、異なる環境への適応力など、行動全般に関わる広範な力を指します。異業種での経験や多様な職務歴は、この広義のスキルを育む重要な源泉です。例えば営業と製造、ITと企画など、異なる領域を経験してきた人材は、分野横断的な視点を持ち、組織内の壁を越える役割を果たすことができます。にもかかわらず、日本の人事慣行では「一貫性がない」と評価されがちです。これは企業にとって大きな機会損失であり、変革の芽を摘んでいるとも言えるでしょう。
求められる企業の対応策
こうした人材の流動化と働き方の多様化に対し、企業は従来の採用・育成の枠組みを根本的に見直す必要があります。
第一に、採用時に「職務経歴の一貫性」よりも「スキルセットの多様性」に着目することです。7社、8社を経験している人材であっても、それはむしろ多様なスキルを培ってきた証であり、そのスキルをどう組織の中で活かすかを考えることが重要ではないかと思います。
第二に、入社後のオンボーディングや育成を柔軟に設計することです。従来のように「一律に配属し、長期的に成長を待つ」という方式ではなく、個々人のスキルセットを基盤に、即戦力として活かしながら不足部分を補う研修や経験を積ませる仕組みが求められます。
第三に、働き方の柔軟性を確保することです。リモートや副業を制限するのではなく、むしろ組織の競争力強化の一環として取り込み、多様な働き方を通じて人材の満足度と生産性を高めることが重要です。
第四に、経営者や管理職自身が「人を育てる」という視点を持つことです。単に業務を遂行させるのではなく、人材の可能性を伸ばし、キャリア形成を支援する役割を担うことが、今後の組織文化を左右します。
「人材」から「人財」へ
日本社会はこれからますます人手不足に直面します。その中で、旧来の枠組みに囚われ、履歴の多さや一貫性のなさを否定的に見る企業は、優秀な人材をみすみす逃すことになるでしょう。むしろ、流動化や多様化は「リスク」ではなく「可能性」と捉えるべき時期になったのです。多様なスキルを持つ人材を受け入れ、その力をどう活かすかを考える組織こそが、変化の激しい時代を先頭で進む企業になります。人材を「選別」するのではなく「活かす」こと。そこに未来の競争力があります。スキルとは単なる技能ではなく、人間の行動全般に関わる広い力であると思います。だからこそ、「スキルセット」を基盤に人材育成を進める企業体制を整えることが、日本社会が直面する大きな変化に対応する鍵となるのではないかと思います。メンタルヘルスの不調な人材も、それぞれの体調を考慮して、能力を活かしていく工夫をしていかなければいけません。人材は単なる労働力ではなく、企業と社会を成長させる源泉です。まさに「人材」から「人財」へと発想を転換することこそ、今後の日本に求められる最重要課題なのではないでしょうか。