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当社の考え

2025/10/02

サステナビリティ情報開示の新時代 ー非財務情報が「企業の本体」になる時代

日本企業はこれまで財務諸表を中心に投資家や社会に経営状況を伝えてきました。しかし、気候変動や資源制約が現実に企業経営へ影響を及ぼすようになった今、財務情報だけでは企業の価値や将来性を語ることができなくなっています。その背景にあるのが「サステナビリティ情報開示基準」の制定です。これは国際的な基準であるIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)と整合しつつ、日本企業の実情を踏まえた制度として2025年3月に確定しました。この制度によって、企業は環境・社会・ガバナンス(ESG)に関わる非財務情報を、財務情報と同等の重要性を持つものとして開示することが求められます。もはやCSR報告書や任意のPR活動では十分ではなく、透明性と信頼性を持った「共通言語」での情報開示が経営の責任となったのです。



日本版サステナビリティ開示基準の枠組み

サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が策定した基準は、大きく三つの柱で構成されています。 第一に「適用基準」であり、情報開示に関する基本的な枠組みを示します。 第二に「一般開示基準」で、企業がガバナンスや戦略、リスク管理について、どのようにサステナビリティ課題へ取り組むのかを説明することが求められます。 第三に「気候関連開示基準」で、温室効果ガス排出量などの具体的な数値開示を義務付けます。 特に注目されているのが、スコープ1・2の温室効果ガス排出量開示の義務化です。従来は自主的な開示にとどまっていましたが、今後はプライム市場の大企業を皮切りに、段階的に広範な企業へ適用が進んでいきます。スコープ3については現時点で努力義務ですが、国際的な潮流を考えれば、将来的な義務化は避けられないでしょう。



繊維・アパレル産業における課題と展望



情報開示基準は全産業に関わりますが、とりわけ環境負荷が大きいとされる繊維・アパレル産業においては重要性が際立っています。繊維製品の製造工程は、エネルギー多消費型であり、温室効果ガスや水使用量も膨大です。また、染色や化学物質の使用、製品廃棄の増大、マイクロプラスチックによる海洋汚染など、環境への影響は多岐にわたります。こうした背景を踏まえ、経済産業省は2024年に「繊維製品の環境配慮設計ガイドライン」を策定し、さらに2025年には「環境配慮情報開示ガイドライン」を公表しました。このガイドラインでは、企業が自社の事業活動の環境影響を特定し、数値目標を設定し、具体的な行動計画を示すことが強調されています。単に「環境にやさしい」と主張するだけでは「グリーンウォッシュ」と批判されかねず、消費者や投資家に誠実で透明な情報を提供することが不可欠になっているのです。



情報開示の意義と実務上のハードル



サステナビリティ情報開示は、単なる広報活動ではなく、企業の経営戦略そのものに直結します。投資家や金融機関は「この企業は気候変動リスクを把握し、適切に対応しているか」を厳しく問います。開示が不十分であれば、資金調達コストの上昇や市場からの信頼失墜につながる可能性があります。一方で、実務上のハードルも小さくありません。たとえば、温室効果ガス排出量を正確に把握するには、調達部門や製造部門、物流部門など幅広い部署の連携が必要です。また、開示した数値の整合性を説明できなければ、投資家から信頼を得ることはできません。さらに将来的には第三者保証も導入される見込みであり、情報の正確性と説明責任は一層重くなっていきます。



日本企業に求められる視点と行動



今、日本企業に求められているのは「早期の着手」と「誠実な対応」です。完璧なデータや即時の達成を目指す必要はありません。重要なのは、課題を正しく特定し、改善に向けて動き出す姿勢を示すことです。具体的には、以下のような取り組みが考えられます。

① 自社の事業活動が環境や社会に及ぼす影響を明確化し、行動方針を定める。

② 温室効果ガス排出量や水使用量といった指標について、まずは現状把握から始め、数値目標を設定する。

③ サプライチェーン全体にわたる情報収集体制を構築し、取引先と協力して透明性を高める。

④ 投資家や消費者との対話を通じて、開示情報の妥当性を検証し続ける。

こうした積み重ねは、単に規制対応にとどまらず、企業の競争力を高め、社会的信頼を築く基盤になります。特にグローバル市場で競う企業にとって、国際基準との整合性を確保することは不可欠です。開示基準への対応は、将来の投資家離れや取引停止を回避するための「保険」であると同時に、自社の強みを発信する「武器」ともなり得ます。



未来を開示する力―形式を超えて「真の開示」



サステナビリティ情報開示基準の導入は、日本企業にとって大きな転換点ではありますが、現状を見るとその取り組みはまだ形式的にとどまる傾向があります。投資家や消費者の多くが欧州のように環境配慮を「絶対条件」とは捉えず、「あればよい」という理想的観点にとどまっているため、企業側も積極的に踏み込んだ開示を行うインセンティブを持ちにくいのです。その結果、印刷会社や監査法人が用意するひな形に沿って作成された、どの企業のものを見ても似通った情報開示が並ぶ現状が生まれるのではないかと想像します。こうした「形式的な報告」は、社会的責任を果たしているように見せながら、実態としては中身の乏しいものになりがちです。しかし、これからの時代に求められるのは「形式」ではなく「本質」です。形式的な開示に終始すれば、企業は投資家や消費者から信頼を失い、やがては国際市場での競争力をも失います。

対策として重要なのは、第一に自社の実態に即した情報開示を行うことです。課題を隠さず、改善に向けた道筋を示す姿勢こそが信頼につながります。第二に、社内の各部門が連携し、データを単に外部委託に頼るのではなく、自らの経営課題として取り組むことです。さらに第三に、形式ではなく「対話」を重視する姿勢が必要です。投資家や消費者と継続的に意見交換を行い、開示内容を改善していくプロセスが、形式的報告を超えて「真の開示」へと企業を導きます。

サステナビリティ情報開示基準は、日本企業にとって単なる制度改革ではありません。それは「未来を開示する力」を試す挑戦でもあります。企業がどのように環境・社会課題と向き合い、どのような未来を描こうとしているのかを、透明な情報として示すことが求められているのです。非財務情報はもはや付属的なものではなく、経営の中心に据えるべきテーマです。正確さ以上に誠実さが問われる時代において、日本企業がどれだけ自らの足元を見つめ、世界に向けて未来を語れるか。それこそが持続可能な成長の鍵であると言えます。

日本企業がサステナビリティ情報開示を単なる義務ではなく、自らの未来を語る手段として活かすことができるかどうか。その差こそが、持続可能な成長と国際的信頼の獲得を左右することであると私は思うのです。







執筆者


有村芳文

株式会社GREEN FLAG 代表取締役。




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