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当社の考え

2025/09/26

繊維業界に迫る環境課税─EUが描く2035年の未来と日本への示唆

欧州連合(EU)はいま、繊維産業を対象とした新たな環境課税の枠組みを構築しつつあります。背景には、繊維製品の大量生産・大量廃棄がもたらす深刻な環境負荷があります。衣類は世界的に見てプラスチックに次ぐ廃棄物問題の要因とされ、その多くが焼却や埋め立てに回されてきました。水の大量使用や温室効果ガスの排出も伴うため、気候変動や水資源問題と直結しています。こうした構造に終止符を打つべく、EUは「繊維革命」とも言える方向転換を打ち出したのです。



EUの狙い─バージン繊維課税とEPR制度

欧州委員会は2035年を目標に、バージン繊維(新規素材)への課税導入を検討しています。石油由来のポリエステルや新規に栽培されるコットンといった素材の使用に課税し、再生繊維の競争力を高める仕組みです。スウェーデンIVL研究所の試算では、繊維to繊維のリサイクル率を2035年までに10%に引き上げるだけで、年間約44万トンのCO₂削減と88億㎥もの水使用削減が期待できるとされています。課税収入は、収集・分別・品質向上といったリサイクルインフラ整備に再投資される構想も示されています。一方で、すでに法制化が進んでいるのがEPR(拡大生産者責任)制度です。2025年1月からEU加盟国は繊維廃棄物の分別回収を義務付けられ、2026年後半から2027年前半には、生産者が自らの製品の廃棄費用を負担する仕組みが本格的に動き出す予定です。対象は衣類や靴、ホームテキスタイルなど広範に及び、EU域外の事業者もオンライン販売を通じて域内に製品を供給する場合は対象に含まれます。これはファストファッションのビジネスモデルそのものにメスを入れる仕組みでもあり、製品の耐久性や循環性に応じて負担額が調整されます。



デザイン思想の転換─循環を前提にした製品設計



EUの環境課税案の本質は、単なる税負担ではなく「設計思想の転換」にあります。エコデザイン規則(ESPR)では、製品は修理・再利用・リサイクルが容易であることを前提とした設計が義務付けられています。さらにデジタル製品パスポート(DPP)の導入により、どのような素材を用い、どのように製造されたのか、消費者にまで情報が可視化される仕組みが導入されます。これまで繊維産業は「売れること」「安くつくれること」が第一の価値基準でした。しかしEUが進める政策は、「循環性を前提にして初めて市場に参入できる」という新たな秩序を築こうとしています。ファストファッションやウルトラファストファッションが築いた「安さと速さ」のモデルは、環境的コストを可視化された時点で競争力を失い、高品質・長寿命・循環型の製品へとシフトを余儀なくされるでしょう。



国際サプライチェーンへの衝撃



こうしたEUの動きは、国際サプライチェーンに深刻な影響を及ぼします。日本を含む多くの先進国のアパレル企業は、中国やバングラデシュ、ベトナムといった国々に依存してきました。しかし、これらの地域は依然として石炭火力発電に依存し、バージンポリエステルの使用率も高い状況です。結果として、これらの国で製造された製品は「環境コストが高い」と評価され、グリーン関税の下で価格競争力を失う可能性が高いのです。すでに一部のアジア企業は変化を察知し、GRS(Global Recycled Standard)などの国際認証を取得し始めています。ベトナムやインドネシアでは、再生可能エネルギー導入やウォーターリサイクル設備への投資も進んでいます。環境配慮はもはやCSRの一環ではなく、「受注の前提条件」として位置づけられつつあります。



日本に求められる対応とチャンス



日本では現時点で繊維業界向けの特定環境課税は導入されていません。政府が重視しているのはGX(グリーントランスフォーメーション)や排出権取引制度といった広範な政策であり、繊維業界固有の課税設計は議論途上にあります。ただし欧州の動きは間違いなく日本企業に波及します。欧州市場で販売する製品には、トレーサビリティやライフサイクルアセスメント(LCA)の開示が必須となり、対応できない企業は取引から排除されかねません。しかしこれは、逆に日本企業にとって大きなチャンスでもあります。日本は「もったいない」の文化を持ち、長寿命製品や修理文化に親和性があります。さらに、Rebornfiber®のように、混紡素材や汚れた衣服など従来の繊維循環から外れていたものを受け止める独自の再素材化技術が育っています。こうした技術を磨き上げ、欧州の循環基準に適合させることができれば、日本は「環境負荷を減らすだけの国」ではなく、「新しい循環型モデルを輸出する国」として再評価されるでしょう。



課税はコストではなく未来への投資



EUが進める繊維業界向け環境課税は、単なる規制や障壁ではありません。それは「安く、早く、大量に作って捨てる」という20世紀型モデルの終焉を告げる合図です。2035年のバージン繊維課税やEPR制度の義務化は、繊維産業を「循環前提の産業」へと根本的に作り変える試みです。日本の繊維産業はこの変化を「コスト」と見るか、それとも「競争力と価値創造の源泉」と捉えるかで未来が大きく分かれます。課税を恐れるのではなく、それを契機に素材・設計・情報開示・回収インフラを一体で組み直すこと。そこにこそ、次世代の繊維ビジネスを切り拓く道があります。環境対応は余計な負担ではなく、未来の市場に参入するための条件です。欧州の先行事例が示しているのは、その現実です。日本がいま動き出すかどうかが、繊維産業だけでなく社会全体の持続可能性をも左右すると言えるでしょう。







執筆者


有村芳文

株式会社GREEN FLAG 代表取締役。




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