当社の考え
2025/09/26
日本の繊維産業における環境対策の現状とこれからの道筋
繊維産業は、私たちの日常生活に深く関わると同時に、環境負荷の大きな産業でもあります。衣料品の大量生産と大量廃棄は、資源浪費や温室効果ガス排出、水質汚染などを引き起こしてきました。世界的には環境対応が加速しており、EUはすでに繊維業界を対象とした強力な制度設計を進めています。その一方で、日本ではどのような環境対策が進められており、今後どのように歩んでいくべきなのでしょうか。本コラムでは、日本の現状を整理した上で、これから求められる視点と行動について考察します。
日本の現状─自主的取り組みを中心とした段階
日本の繊維産業における環境対策は、現時点では強制力を伴う規制よりも、事業者や自治体の自主的取り組みに大きく依存しています。衣料品の回収・リサイクルは一部の大手企業や自治体で進められているものの、全国的な仕組みとして確立しているとは言えません。法人ユニフォームなど比較的管理しやすい分野では回収が進んでいますが、一般消費者の衣料回収率は依然として低く、大量廃棄の構造は続いています。再生繊維を用いた製品開発も進んでいますが、コストや供給量、品質安定性の課題から本格的な普及には至っていません。加えて、消費者側も価格やデザインを重視する傾向が根強く、環境配慮型製品を積極的に選ぶ意識がまだ十分には醸成されていません。このように、日本の現状は「萌芽的な取り組みはあるが、社会全体を動かす力にはなりきれていない」という段階にあるように、私は感じています。
日本的な捉え方─「調和」を重視する姿勢
日本の政策や産業界の特徴は、環境対応を「規制」ではなく「調和」として捉える傾向にある点です。例えば繊維リサイクルの議論においても、業界団体や地域社会との連携を重視し、既存のリユースや寄付活動を尊重しながら新たな循環ルートを模索しています。過度な負担を一気に課すのではなく、関係者の合意形成を重んじる姿勢が見られます。このアプローチは日本的な強みでもあります。古くから「もったいない」の精神が根づき、モノを大切に長く使う文化が社会に存在しています。しかし同時に、安価な衣料品への依存や短いファッションサイクルも根強く残っており、環境負荷を減らすための仕組みを文化的な強みと結びつけられていないのが現状です。
EUとのギャップ─市場参入条件か、努力義務か
EUと日本の違いを端的に表しますと、「市場参入条件としての規制」か「努力義務としての推進」か、という点にあります。EUは循環型の製品設計や情報開示を義務化し、それに対応できない事業者は市場から排除されます。一方、日本では現状、環境対応を怠ったからといって市場から直ちに退場させられることはありませんい。結果として、先進的な取り組みを行う企業とそうでない企業の差が広がり、産業全体としての底上げにはとんでもなく時間がかかります。また、消費者意識の違いも影響しています。欧州では環境ラベルやサステナブル認証が購買行動に強く影響を与えますが、日本では依然として価格やデザインが優先されます。環境価値が十分に消費者に評価されない限り、企業も大胆な投資に踏み切りにくいのが実情です。
今後の日本に求められる視点と行動
日本が今後進むべき方向を考えると、単にEUの仕組みを模倣するのではなく、日本独自の産業構造や文化を踏まえた道筋を描く必要もあります。そのために特に重要なのは、次のような視点と行動です。
第一に、既存のリユース文化を「再資源化」へと接続することです。日本には古着の寄付やリユース市場など、多様な衣服循環の慣行があります。しかしその多くは国内外の二次利用にとどまり、資源循環や新素材化とは十分につながっていません。これを再資源化技術と結びつけることで、回収から再素材化までのループを強化できるのです。
第二に、中小企業やスタートアップが持つ独自技術を社会実装につなげることです。例えば、混紡繊維や汚れのある衣服など従来リサイクル困難とされてきた素材を再生可能にする技術は日本各地で生まれています。私たちが開発したRebornfiber®もその一つです。しかし、それらが十分に普及するためには、政策的支援や認証制度、標準化の仕組みが必要です。国がこうした技術を後押しすることで、日本発の循環型モデルを国際市場に展開することも可能になります。
第三に、消費者意識の醸成です。環境配慮型の製品が「高価で特別な選択肢」として扱われる限り、普及には限界があります。教育や情報発信、価格インセンティブの導入を通じて、「環境に配慮した製品を選ぶことが当たり前」という社会意識を広げることが求められます。特に若い世代にとって、環境配慮が生活スタイルやアイデンティティの一部となるような仕掛けづくりが重要です。
第四に、循環を「地域」から組み立てる視点です。日本の繊維産業は地域ごとに特色があり、中小の産地企業が多数存在します。地域資源を生かしたリサイクルの仕組みを整え、地域循環を支える新しい雇用や事業を創出することは、地方創生とも直結します。環境対策を「産業政策」「地域政策」と結びつけて推進することが、持続可能な社会づくりにつながります。
このような行動は、環境負荷の低減にとどまらず、繊維産業全体の競争力を高めることにもつながります。循環型の仕組みを整備することは、新しい産業の芽を育て、国際的な競争環境の中で日本の存在感を高める可能性を秘めています。
「調和」から「変革」へ
日本の繊維産業は、これまで「調和」を重視した環境対応を進めてきました。関係者の合意を尊重する姿勢は日本的な強みですが、気候変動や資源制約が一層厳しさを増す中で、今後は「調和」から「変革」へと舵を切る必要があります。その変革は、欧州型の強制的規制を模倣することではなく、日本独自の文化や産業基盤を活かしながら、循環型社会への移行を加速させることにあります。繊維産業は生活に直結する産業であり、環境対策は単なる企業活動の一部ではなく、社会のあり方を映し出すものです。日本がいまどのような未来を描くのか。その選択は、次世代の暮らしや環境、そして経済の持続可能性を左右する大きな岐路になるのです。