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当社の考え

2025/09/08

不燃性は世界の常識か―新素材の「使い方」が未来を切り拓く

建築材料における「不燃性」は、火災から人命や財産を守るための基本的な安全要件です。世界中の先進国では、建築基準法にあたる法律の中で、不燃性や難燃性に関する基準が設けられています。アメリカのIBC(International Building Code)、ヨーロッパのEN13501、韓国や中国、オーストラリアに至るまで、「燃えにくい素材の使用」は世界的な共通認識となっているのです。しかし一方で、その基準の“厳しさ”や“適用範囲”には、国ごとに差があるということも見逃せません。

どの建物に、どこまでの性能が求められるのか。その「線の引き方」こそが、各国の文化や都市環境、災害リスクの違いを映し出しているのです。特に日本は、この点において際立って厳格な基準を持っています。不燃・準不燃・難燃といった材料区分が法的に定められ、内装や外装、天井、階段、さらには住宅の部屋の内壁材にまで細かい指定が及びます。欧米の都市と比べても、日本の都市部は住宅が密集しており、地震や火災のリスクに対して徹底的な安全対策が求められるという事情があるのです。



日本が「不燃性」にこだわる歴史的背景



日本の建築文化は、木造建築を中心に発展してきました。木材は美しく、軽くて加工しやすく、また調湿性にも優れた優秀な素材です。しかし一方で、可燃性が高いという弱点もあります。しかも、日本の都市はかつてから人口密度が高く、ひとたび火災が起これば、瞬く間に延焼してしまうというリスクを抱え続けてきました。江戸時代には「火事と喧嘩は江戸の華」とまで言われ、実際に市街地が焼け野原になるような大火災も幾度となく発生しています。そうした歴史を経て、日本では「火災リスクに強い建材」を求める声が強くなっていったのです。

さらに、日本は地震大国でもあります。耐震性と同時に、不燃性も兼ね備えた建材の開発と導入が進められてきました。特に近年では、震災による二次災害としての火災を未然に防ぐことの重要性が強調され、不燃性は建築基準法上の「常識」となりました。このような背景から、日本では素材の「不燃性」が、性能評価や採用の出発点として重視されるようになったのです。



不燃でなければ使えない?



こうした経緯を踏まえると、「不燃でなければ使えない」「不燃認定を取っていない素材は相手にされない」という現場の反応も理解できます。実際に、素材開発者や建材ベンチャーが新素材を提案しても、「不燃じゃないなら無理ですね」と門前払いされる場面は少なくありません。しかしここで問い直すべきなのは、不燃性がすべてを決める“絶対的な評価基準”なのかということです。

素材には、それぞれに特性があります。たとえば、音を吸収する性能、湿度を調整する能力、環境へのやさしさ、デザイン性、コストパフォーマンスなど、用途に応じてさまざまな価値があるはずです。それを、「不燃性がない」という一点だけで排除してしまってよいのでしょうか。本来、素材の評価とは、「どのような場面で、どのように使うか」を前提に考えられるべきです。家具、パーテーション、吸音材、展示空間、屋外構造物など、建築物の“内側”以外にも素材が活躍できる場面は多く存在します。不燃でなければ絶対に使えないというのは、思い込みである場合も少なくありません。



「使ってもらうこと」が素材を育てる



新素材が不燃性を持たないからといって、将来的に不燃建材として認められないとは限りません。むしろ、多くの建材は「最初は不燃ではなかったが、使われる中で改良され、不燃化が進んでいった」という歴史を持っています。たとえば、使用現場での課題をフィードバックとして受け取り、開発者が樹脂や金属と組み合わせることで不燃化に成功したり、特殊な表面処理によって難燃化性能を付与する技術が確立されたりと、実例は数多く存在します。

ここで重要なのは、素材が「使われる」ことそのものが、研究開発のサイクルの出発点になるという点です。どれほど優れた素材でも、使われなければ評価されることはありません。加工してみることでわかる特性、職人が扱ったときに見える課題、建築現場での利便性や施工性の発見――それらは、すべて「使ってみる」ことによってしか得られない情報なのです。素材とは、ラボや開発室で完結するものではありません。使う人、作る人、住む人によって育まれ、社会に定着していくものなのです。



「不燃性の壁」を超える創造的思考へ



私たちは、建築や都市空間において「安全」を確保する責任を負っています。その点において、不燃性の要求を軽視することはできません。しかし、その基準だけに縛られすぎると、新しい発想や新しい素材の導入が難しくなってしまいます。本当に持続可能な建築文化をつくるには、「使える素材」ではなく、「使っていく素材」をどう増やしていくかという視点が必要です。規格に合っているかどうかという入り口の議論にとどまるのではなく、「どうすればこの素材を活かせるか」「燃えにくいかどうか」だけでは語れません。環境への影響、地域の課題、住まい方の多様性、美意識、文化的背景など、複合的な視点から素材を評価し、育て、広めていく力が今まさに必要とされているのではないでしょうか。



共に素材を育てる社会へ



素材の力を信じ、試してみること。失敗を恐れず、小さな実験を重ねること。そして、「使ってみたい」と思わせるようなデザインや提案を持ち寄ること。こうした営みの積み重ねが、やがて新しい素材を「社会に存在するもの」に変えていくのだと思います。「不燃でないから使えない。」ではなく、「どうすればその素材が活かせるか」を共に考えることです。そのような姿勢を持つ社会こそが、素材の進化と文化の深化の両方を可能にしていくのです。

私たちが次の100年を生きる空間に、どんな素材が使われているか。それは、私たち一人ひとりが、「素材とどう向き合うか」の態度によって決まっていきます。「素材を育てる」のは、開発者だけではありません。私たち全員に与えられた創造の役割なのです。







執筆者


有村芳文

株式会社GREEN FLAG 代表取締役。




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