当社の考え
2025/09/03
「正義」とは何か―アンパンマンが問い続けた希望とやさしさのかたち
「何のために生まれて、何をして生きるのか」
この問いを、心の奥底から見つめ続けた人がいます。『アンパンマン』の作者、やなせたかし氏です。多くの人は彼を「子ども向けアニメの原作者」として知っているかもしれません。しかしその内面には、戦争と混乱の時代を生き抜き、“正義とは何か”を血の通った問いとして抱え続けた人間の苦悩と探究がありました。やなせ氏が体験した戦中・戦後の日本は、「正義」があまりにもあっけなく逆転してしまう時代でした。昨日までの「敵」が、今日からの「味方」になる。昨日まで「国のために尽くせ」と教えられていた行動が、戦争の終結とともに「過ち」とされる――そんな理不尽な現実を目の当たりにし、「正義とは何なのか?」という問いが、やなせ氏の中で芽を出したのです。彼が語った印象的な言葉があります。
「ある日を境にして逆転してしまう正義は、本当の正義ではない」この言葉こそが、やなせ氏の作品世界の根底に流れる哲学であり、今なお私たちが深く受け止めるべき言葉ではないでしょうか。
アンパンマンが体現する“ひっくり返らない正義”
では、やなせ氏が目指した「本当の正義」とは、どのようなものだったのでしょうか。その答えは、私たちがよく知るあのヒーロー、「アンパンマン」に込められています。アンパンマンは、空を飛び、悪を倒し、喝采を浴びるような“強くてかっこいいヒーロー”ではありません。彼がするのは、自分の顔をちぎって、おなかをすかせた誰かに差し出すこと。自らの一部を削ってでも、目の前の命を生かすこと。これは、単なる“やさしさ”ではありません。「困っている人を助ける」ことを行動原理とした、揺るがぬ正義の実践です。敵であっても、傷ついていれば手を差し伸べる。力尽きて倒れることがあっても、また立ち上がる。アンパンマンは、「強いからヒーロー」なのではなく、「弱さを知っているからヒーロー」なのです。この「正義」は、戦争のように日々入れ替わる旗印ではありません。国家や権力の論理に依存するものでもありません。それは、目の前の誰かの「困っている」に反応する心であり、「命の尊厳」に基づく普遍的な倫理です。
現代社会における“やさしさ”の価値
私たちの今の社会では、「強さ」や「効率」、「勝つこと」があらゆる場面で尊ばれています。ビジネスの現場では、利益を出す者が正しいとされ、政治の世界では、発言力を持つ者が主導権を握ります。SNSでは、声の大きい人の主張が“正義”となりがちです。しかし、このような“直線的で単純化された価値観”に私たちは疲れはじめています。戦争、分断、差別、地球温暖化、そして資源枯渇――さまざまな問題が複雑に絡み合う今こそ、「誰かのために、何かを差し出す」というアンパンマンの姿勢が、あらためて価値を帯びてきているのではないでしょうか。「サステナビリティ」や「SDGs」などの言葉が広まりましたが、その中身が伴っていない現実もあります。“やさしさ”は、もはや感情的な美徳ではなく、持続可能な社会を築くための構造的な基盤として再評価されるべき時代に来ています。アンパンマンの行動は、単なる自己犠牲ではありません。利他性と共感によって社会を保つ知恵であり、人間の根源的な生き方の指針を示しています。
「何のために生まれて、何をして生きるのか」
やなせ氏が生涯問い続けたこの言葉は、子どもたちへのメッセージであると同時に、私たち大人への挑戦でもあります。この問いは、自己啓発のキャッチコピーではありません。自分だけの幸せを追い求めるのではなく、誰かと共に生きるために、自分はどうあるべきかという、深い倫理的・社会的な問いなのです。
自分が生きる意味とは何か?
他者の痛みにどう向き合うか?
社会の中で、自分はどんな役割を果たせるか?
これらは、学校でも企業でもなかなか教えられない問いです。しかし、やなせ氏はアンパンマンというキャラクターを通して、その問いを遊びの中に、物語の中に織り込んでくれました。大人も子どもも、気づけばその問いと向き合っている――それがアンパンマンの物語の真の力です。
100年後の世界に、何を残すのか
やなせたかし氏は、遠い未来のことを本気で考えていました。彼の願いは、100年後の世界が、「戦わなくてもいい社会」であること。争いではなく、支え合いが“あたりまえ”として存在する未来でした。私たちは今、その願いを受け取った世代です。地球は不安定です。気候変動、紛争、情報の偏在、経済格差。いずれの課題も「誰かがやってくれる」では解決しません。だからこそ、やなせ氏が残したバトンを、私たちは自分の中で受け止めなければならないのです。目の前の「おなかのすき」に気づき、それに応える行動を一つひとつ積み重ねていくこと。それが、100年後に残せる「正義」であり、「豊かさ」なのだと思います。
正義とは、誰かが安心して笑える未来をつくること
「正義は、敵を倒すことではない。誰もが、安心して笑える未来をつくること」 これは、やなせ氏が作品を通じて私たちに語りかけた最大のメッセージです。社会の中で力を持つ者が正しいわけではない。競争に勝った者だけが成功者なのでもない。自分の時間、知恵、労力の一部を差し出し、誰かのために使える人こそが、本当の意味で強い人間である。それが、アンパンマンが教えてくれる“やさしいヒーロー”の本質です。私たち一人ひとりが、自分なりの「正義とは何か」に向き合い、小さな行動を続けていくこと。やなせたかし氏が夢見た100年後の地球に向けて、今を生きる私たちができることは、想像以上に大きいのかもしれません。
問いの答えは、行動の中にある
「何のために生まれて、何をして生きるのか」
この問いに対する答えは、決して一つではありません。
それでも、その答えは“思考”ではなく、“行動”の中にこそ宿ると、やなせたかし氏は教えてくれました。私たちは皆、誰かの助けで生きてきました。そして、これからは誰かを助ける番なのかもしれません。アンパンマンのように、静かに、やさしく、しかし確かな意志をもって。あなたにとっての正義とは、何ですか?
その答えを、これからの日々で、あなた自身が描いていくことになるのです。