当社の考え
2025/08/29
涼しさとぬくもりは過去の話か―気候変動と日本の家屋のこれから
「日本の家は、夏は涼しく、冬は暖かいんだぞ」。
子どもの頃、父が折に触れて語っていた言葉です。当時の私はそれを素直に受け止めていました。実際、木造の日本家屋では、夏は風が通り抜け、冬はこたつと布団で十分に過ごすことができました。家は単なる建物ではなく、四季折々の風や湿度、光とともに暮らす器であり、そこには人間の生活と自然との折り合いが見事に反映されていました。しかし、近年の気候変動はその常識を大きく揺るがしています。もはや「涼しくなる時間帯がある」といったレベルを超えてしまいました。最高気温が連日35度を超える猛暑日、夜になっても30度を下回らない熱帯夜。「40度を超えた」とニュースも驚かなくなっています。
こうした異常気象が毎年のように繰り返されるようになり、父が語っていた「涼しさ」は、もはや過去の記憶となりつつあり、もはや「自然の力だけで涼しさを得る」という従来の日本家屋の知恵だけでは、人の命すら守れなくなってきました。昔は「クーラーは寝入りばなだけにするべき」と言われたものですが、現在では医師や気象庁も「夜間も適切にエアコンを使用するように」と警告を発しています。とりわけ、高齢者や幼い子どものいる家庭では、適切な温熱環境が健康どころか命を左右する問題になっています。
今、必要なのは「燃えにくさ」だけでなく「断熱性」
日本の住宅政策は長年にわたり「不燃性」に焦点を当ててきました。火災リスクの高い木造住宅が多いため、建築基準法でも不燃材や準不燃材の使用が義務づけられ、建材メーカーや施工業者もその方向性に対応してきました。この流れ自体は、都市防災という観点からも重要です。しかし、21世紀の日本が直面しているのは、「火」だけではなく、「熱」との戦いでもあります。猛暑・酷暑・熱帯夜――こうした異常な高温環境に対応するためには、住宅そのものが「外気温から中の空気を守る」存在に進化する必要があります。「断熱性」は、冷暖房エネルギーの削減という環境的観点だけでなく、快適な睡眠、体調管理、高齢者の熱中症防止など、極めて実用的な課題にも深く関わります。言い換えれば、断熱性能の低い家は、健康的で安心な生活の基盤とは言えないのです。
不燃性と断熱性を両立する新たな建材と施工技術
現代の家づくりにおいて、「不燃性」と「断熱性」を両立させることは、もはや避けて通れない課題です。既存の断熱材であるグラスウールやロックウールはもちろん、最近ではセルロースファイバー、再生繊維フェルトといった環境配慮型の素材も注目を集めています。これらの素材は、断熱性に加えて調湿性や吸音性といった多機能性を持ち、日本の多湿な気候に非常に適しています。特筆すべきは「施工品質」の重要性です。どれだけ優れた断熱材を使っても、施工に隙間やムラがあると断熱効果は激減してしまいます。断熱は「素材」の性能だけでなく、それを活かす「施工技術」によって真価を発揮するものです。つまり、住宅性能は現場の職人の技術力や、設計段階からの理解によって決まるとも言えます。また、新築だけではなく、既存住宅の「断熱リフォーム」も今後の大きな鍵になります。
国土交通省や自治体も省エネ住宅への補助制度を整えつつあります。たとえば、高断熱サッシへの交換、屋根裏・床下への断熱材の追加、断熱塗料の利用など、さまざまな手法が提案されています。こうした断熱リノベーションは、既存住宅の寿命を延ばすと同時に、居住者の健康とエネルギーコスト削減にもつながり、長期的には社会全体の負荷を軽減する投資とも言えるでしょう。
ヨーロッパの「パッシブハウス」に学ぶ、日本の未来住宅
すでにヨーロッパでは、環境負荷を最小限に抑える「パッシブハウス」の思想が広がっています。これは、高断熱・高気密の構造により、冷暖房に頼らずとも快適な室温を保てる住宅のことを指します。高性能な窓や壁、熱交換換気システムなどを駆使して、年間の冷暖房エネルギーを通常の家の10分の1程度にまで抑えることができます。日本でも、断熱等性能等級やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といった評価制度が徐々に広がりつつありますが、まだ普及率は低く、特に地方では古い住宅がそのまま使われ続けている現実があります。ここにこそ、断熱リフォームや再生建材の活用といった新たなソリューションの余地があります。
家づくりは、未来への対抗策である
気候変動は、もはや一過性の異常ではなく「常態化」しています。その中で、住宅のあり方も根本的な転換が求められています。「家」は単に居住する空間ではなく、命を守り、快適さを維持し、そして環境負荷を最小限にするための戦略的な装置となっていく必要があります。そのためには、「燃えにくい家」から、「燃えにくく、断熱性が高く、再生素材を活かし、エネルギー効率に優れた家」へと進化することが不可欠です。そして、それは単に新しい建材を導入するだけではなく、設計思想、施工技術、暮らし方の見直しまでを含んだ、生活全体のアップデートに他なりません。
かつて父が語った「日本の家は、夏涼しく冬暖かい」。
その言葉が再び誇りをもって語られる時代を迎えるために。
私たちは今、家づくりに込める知恵と技術、そして気候への向き合い方を、新たな視点で考えるべき時に来ているのです。