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当社の考え

2025/08/29

静けさが「価値」になる時代へ―成長する吸音材市場の背景

近年、「音」が人々の生活の質を左右する時代になってきました。かつて「騒音」といえば、幹線道路沿いの車の走行音や工場からの機械音など、屋外の騒がしさを指していました。しかし今、多くの人々が気にするのは、もっと身近な「生活音」です。隣室の話し声や子どもの足音、家電の稼働音――それらが日常のストレスや住民間トラブルの原因になることも珍しくなくなりました。このような音に対する敏感さの背景には、都市生活の高度化と密集化があります。集合住宅の増加や、壁一枚を隔てたプライバシーの希薄な居住環境が、音への配慮をより切実なものにしているのです。また、コロナ禍以降の在宅勤務や自宅学習の拡大も、家庭内の音環境を見直すきっかけとなりました。集中して仕事をするための「静かな空間」、子どもが安心して学べる「静かな部屋」は、住宅選びやリノベーションの要件として急速に浮上してきました。さらには、Zoom会議や音声収録といったシーンが増えたことで、自分の声の響きや背景音への意識も高まり、「音の質」に対する関心が社会全体に広がっています。



世界で急成長する吸音材市場



このような生活スタイルの変化に伴い、吸音材の市場は驚くべきスピードで成長しています。世界の建設用吸音材市場は、2000年には約7,500億円規模でしたが、2022年には約2兆1,300億円にまで拡大。さらに2028年には3兆円を超えると予測されています。わずか20年あまりで3倍以上に膨らんだこの市場は、今なお拡大の途上にあります。吸音材の需要は、住宅だけでなく、多岐にわたる分野に広がっています。教育施設では集中力を高める静かな教室環境、医療施設では患者の安心感を支える静寂な空間、オフィスでは生産性向上とストレス軽減のための音環境設計が重視されるようになってきました。

さらに、近年ではワーケーション施設や小規模なテレワークスペース、さらには鉄道車両やバス車内などの移動空間にまで吸音材の使用が広がっています。「静けさ」はもはや贅沢ではなく、快適な暮らしや働き方に欠かせない基本的な価値となってきたのです。日本においても、2020年時点で住宅用吸音材の市場規模は約150億円とされていますが、その後も成長を続けており、とくに都市部のマンションでは足音や話し声によるトラブル対策として、吸音パネルや防音マット、吸音カーテンなどの需要が高まっています。



技術革新と素材の多様化



吸音材の進化は、単なる「音を吸収する機能」の向上にとどまりません。とくに注目されているのは、低〜中周波数帯への対応です。人の話し声やテレビの音、家電の稼働音はこの帯域に集中していますが、従来の吸音材は高音域への対応が中心で、生活音への効果が限定的でした。こうした現状に対し、より広帯域に対応可能な新素材の開発が進められています。さらに、環境負荷への配慮も求められる時代です。リサイクル繊維や自然素材を用いた吸音材、たとえば再生繊維フェルトやセルロースファイバーなど、サステナブルな視点から設計された製品が注目を集めています。これらの素材は、吸音性だけでなく、調湿性や断熱性などの付加価値を備えており、日本の多湿な気候とも相性が良いという利点もあります。また、「見せる吸音材」というコンセプトも広まりつつあります。

従来の吸音材は機能重視で無機質なデザインが主流でしたが、近年はカラフルでパターン性のあるパネルや、木材・布を組み合わせた高い意匠性を持つ製品が登場しています。オフィスや店舗、ホテルロビーなどでは、空間演出の一環として吸音材が使われ、音と美しさを両立させる提案が増えています。



静けさを「設計」するという発想



吸音材の普及とともに求められているのは、「静けさを設計する」という考え方です。ただ音を遮るのではなく、「心地よい音環境をデザインする」ことこそが、これからの建築やインテリア設計に求められる視点です。例えば、完全な無音状態が必ずしも快適とは限りません。多少の生活音や環境音があるほうが安心できる人もいますし、作業に集中できる「適度な静けさ」の水準は個人によって異なります。だからこそ、「どの空間で、誰が、どんな目的で過ごすのか」に応じて、最適な吸音設計を施す必要があります。そのためには、音響工学、建築設計、住む人の感覚やライフスタイル――こうした複数の要素を統合した「パーソナライズされた音環境づくり」が求められます。

適切な素材を選び、厚みや配置を工夫し、空間全体の響きをチューニングする。こうしたアプローチによって、音の快適性は大きく変わるのです。住宅の設計段階から「音」の要素を取り入れ、生活の質を高める。これはこれからの建築において、欠かすことのできない観点になっていくでしょう。



吸音材は「静けさ」のインフラになる



人は音から逃れることはできません。しかし、過剰な音から身を守り、心を休ませる「静けさ」は、もはや生活の基本インフラの一つと言える時代です。吸音材の市場が拡大し続けているのは、単に素材が進化しているからではなく、社会が「静けさの価値」に気づき始めた証でもあります。これからの住まいや働く場所、公共空間において、吸音材は単なる建材ではなく、「快適な暮らしを支えるパートナー」としての役割を担っていくでしょう。そして、技術革新とデザイン性、環境配慮が融合した吸音材が、私たちの暮らしに新しい豊かさと心地よさをもたらしてくれるのです。







執筆者


有村芳文

株式会社GREEN FLAG 代表取締役。




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