当社の考え
2025/08/07
中小企業こそTCFDに取り組むべき理由がある
先般、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のお話をしましたが、中小企業の経営者の中には、「TCFDは上場企業だけが取り組めばいいもの」「うちは小さいから関係ない」と思っておられる方々がまだまだ多いのが現実です。TCFD公式サイトによると、日本のTCFD賛同企業数は1,200社超で、東京証券取引所プライム市場の約90%。世界一の水準です。時代は確実に変わりました。いまやこの大企業のTCFD対応が、サプライチェーン全体へと波及していっています。温室効果ガス排出量の開示や、脱炭素への具体的な取り組みは、協力企業・取引先にも求められています。自動車、電機、アパレル、食品、建設など、あらゆる業種で「温室効果ガス排出量の把握」や「再エネ利用の確認」が中小企業にまで及んでいます。
TCFDは、もはや一部の企業だけの取り組みではなく、「ビジネスの共通言語」となりつつあるのです。つまり、中小企業も「対応できないなら、取引から外される」時代が目前に来ているのです。これは恐れるべきことではありません。むしろ中小企業にとっては、企業の信頼力を上げ、新たな収益機会をつかむ絶好のチャンスでもあると言えます。なぜなら、環境対応に積極的な企業には、補助金、融資、取引、新規顧客の流入といった「見える形のメリット」が急増しているからです。
中小企業が直面するリスクとチャンス
気候変動によるリスクは、規模の大小にかかわらず、すべての企業に影響を及ぼします。たとえば以下のような事例がすでに現実のものとなっています。
●異常気象による原材料の価格高騰や供給停止
●洪水や猛暑による生産ラインの一時停止
●燃料価格の急騰に伴う物流コストの増加
●環境基準未達による取引停止や契約解除
こうした事象は、経営基盤の脆弱な中小企業にとっては、大企業以上に致命的な打撃となりかねません。一方で、逆の見方をすれば、TCFDにいち早く対応することは、競争優位のチャンスでもあります。環境に配慮する姿勢を示すことで、優良な取引先として選ばれる確率が高まり、融資や補助金などの支援制度の対象にもなりやすくなるのです。
脱炭素の波を“コスト”ではなく“売上”に変える
「脱炭素」はコストがかかる話だ、と思われがちですが、それは誤解です。むしろ、サステナブルを強みに変えた企業ほど、新たな収益源を次々と生み出しています。たとえば、
●「環境対応企業」として自治体や大企業の入札条件を満たすことで、新規案件が増加
●再エネ・省エネ投資がエネルギーコスト削減と補助金対象になり、経費の最適化が進行
●「サステナブル商品」「アップサイクル商品」など、時代のニーズに合った新事業・新商品が評価される
実際に、東京都のある中小印刷会社は、TCFD準拠の気候リスク分析と再エネ導入を行い、大手企業のグリーン調達先として指定され、年間売上が1.8倍に拡大したという事例もあります。つまり、環境対応は“守り”ではなく“攻め”に使える武器なのです。今、気候変動対応に動いている企業は、「脱炭素の実行力」をサプライヤーや協力企業にも求めています。取引先から次のような連絡を受けたことはありませんか?
「CO₂排出量(スコープ1・2・3)を提出してほしい」、「環境方針や省エネの取り組みを確認させてほしい」、「気候変動による業務リスクを開示してほしい」
これらはすべて、TCFDに基づく情報です。つまり、対応できるか否かが、ビジネスの継続と拡大の分かれ道になるのです。一方、逆の発想も可能です。いち早くTCFDに対応した中小企業は、大手から「この会社は意識が高い」「取引する価値がある」として選ばれるようになります。まだ対応が進んでいないライバルに先んじて、成長企業とつながるチャンスを得ることができるのです。
小さく始めて、大きな信頼を得る──第一歩は「測ること」
「でも、そんなの無理だ」と思われる方もいるでしょう。しかし、TCFDは「完璧なレポートを作ること」ではなく、「リスクと機会を理解して、行動を始めること」が本質です。中小企業に求められているのは、まず現状を把握すること=“測る”ことからのスタートです。たとえば、以下のようなステップなら、明日からでも実行できます。
●月ごとの電気・ガス・燃料使用量をエクセルで管理する
●環境省や自治体の「簡易CO₂排出量診断」を使って自社排出量を見える化
●エネルギーコストの高い設備や工程を社員と一緒に分析
●脱炭素補助金の活用や専門家による無料診断を検討する
中小企業こそ、意思決定が早く、全社的な動きも取りやすい。その機動力を活かせば、TCFDはむしろ大企業よりも取り組みやすいテーマなのです。
TCFDは「環境報告」ではなく、「経営の未来像を語る場」であり、それは中小企業にとって“見えない価値”を“見える成果”に変えるツールでもあると考えてみてはどうでしょう。たとえば、
顧客との信頼関係が深まり、価格競争に巻き込まれにくくなる
採用において「環境意識の高い会社」として若手人材から注目される
金融機関からの評価が上がり、融資の条件や与信枠が改善される
こうした好循環は、売上だけでなく、企業スケールやブランドの格上げにもつながるのです。環境対応という“社会的価値”が、そのまま“経済的価値”に変換される時代に入っています。
TCFDは未来の経営の入り口
TCFDは単なる報告義務ではありません。それは「気候と経営をつなぐ思考フレーム」であり、変化の激しい時代を生き抜くための経営戦略そのものです。中小企業は、大企業に比べて変化に柔軟で、社内の意思決定も早いという特長があります。だからこそ、気候課題への対応においても先手を打つことができるはずです。今、世界は「脱炭素」や「サステナブル」という軸で再編されつつあります。その流れに中小企業が取り残されることは、日本経済全体の活力低下を意味します。逆に言えば、中小企業がこの潮流に乗ることが、日本の未来にとっての希望なのです。まずは「測ること」から始めましょう。そして、社内外の対話を進め、気候変動を経営の中に位置づけていきましょう。TCFDは、その取り組みの「入り口」にすぎません。しかし、それは確実に「未来への扉」を開く鍵となるのです。
TCFD対応の第一歩と未来への可能性
こうした積み重ねが、やがて「TCFDに準拠した経営」へとつながっていきます。TCFDは、難しそうに見えるかもしれませんが、企業の未来を守るための“経営のヒント”でもあります。中小企業にとっては、脱炭素や環境対策は大きな負担かもしれません。しかし同時に、それは新たな信用、新たな商機をつかむためのパスポートにもなり得ます。中小企業は、機動力があり、現場感覚も強いです。だからこそ、大企業よりも早く、柔軟に対応できる可能性もあります。まずは、電気代の“中身”を見てみましょう。「うちは今、どれくらい排出しているのか」を測ってみましょう。
未来の経営は、「気候と向き合う経営」から始まります。
TCFDは、その第一歩を示してくれる”道しるべ”です。
つまり、TCFDは「上場企業のルール」から「企業評価の基本指標」へと進化し、これからは、非上場企業も含めた“バリューチェーン全体”の対応が求められる流れになると思うのです。